2019-06-12 第198回国会 衆議院 国土交通委員会 第17号
○石井国務大臣 もく星号事故につきましては、航空事故調査委員会設立前の事故であり、記録が残されておりませんが、当時の国会の議事録によりますと、事故原因及び飛行の状況につきましては、飛行中、同機の操縦者が航法上何らかの錯誤を起こして、航空路に規定をされている最低安全高度以下を飛行したことにより、大島三原山の山腹に衝突したものと推定をされております。
○石井国務大臣 もく星号事故につきましては、航空事故調査委員会設立前の事故であり、記録が残されておりませんが、当時の国会の議事録によりますと、事故原因及び飛行の状況につきましては、飛行中、同機の操縦者が航法上何らかの錯誤を起こして、航空路に規定をされている最低安全高度以下を飛行したことにより、大島三原山の山腹に衝突したものと推定をされております。
九ページ以降に、もく星号墜落事故についてのウィキペディアを皆さんにお配りいたしました。 このもく星号の事故というのは、空白の七年間と言われた、まさに戦後直後、日本の航空業界が飛行機を飛ばせなかった時期の直後に、JALが飛行機を飛ばし始めた直後に起きた、伊豆大島に激突したという事故でありまして、資料その他、まだ原因が非常に不透明だと言われている事故であります。
しかし、その後、航空事故は、たしか昭和二十七年だと思いますが、日本航空が一件、「もく星号」でございましたが、航空事故を起こしております。昭和三十九年から昭和四十一年の段階は、大変な航空事故が発生した年であります。これはわが国だけではございません。諸外国を見ましても、この年次は航空事故が非常に多かったのであります。この当時をちょっと見ますると、四十一年の二月には全日空が事故を起こしております。
二十七年のもく星号、三十三年のダグラスDC−3、三十九年の富士航空、それから四十一年は外国の航空会社も含めまして四件、それから四十六年が二件、それから四十七年に入りましてセスナ機とこの日航の問題と起こっておるわけですけれども、私が思うのに、いつも事故原因の調査をやって、その結果がほんとうに生かされているかどうか、この点非常に疑問に思うわけです。
原因不明、そしてパイロットのミス、そのようなことが、二十七年の「もく星号」事件以来今日まで続いておりまして、どうもすっきりしないわけであります。遺族の方々も、また今回もうやむやに終わるんでしょう、あるいはパイロットのミスで片づけられてしまうのではないか、このような心配をもう口にしておる人もおるわけであります。
そしてまた、これが違法でないとしても、この路線になれていない——ただいまもお話ありましたが、天候が悪いときなどは、そういった機長席に着かすということ自体が好ましくない、外国の空は何千時間も飛んでおっても、わが国の空を飛んだのは、たった数時間しか飛んでいないというような——「もく星号」のときの機長もそうでありましたが、そういった規制というものを今後考えていったほうがいいのではないか。
この中で約半数に近いのは全日空が事故を起こした、それから日東航空が二回くらい、富士航空が二回くらい、日本航空は「もく星」号一回、大別するとこういうふうなことになります。日付は申し上げません。 で、この事故に関して、前の委員会で同僚の木村委員が指摘したように、大小ずっと含めますと百九十件くらいの事故になる。
はるか、だいぶ前になりますが、日航の「もく星号」が三原山で遭難いたしまして、多数の人命が失われましたときも、やはりその機体の所在ということにつきまして、相当一時問題を起こしたように、私は記憶いたしております。その後、御指摘の遭難事故につきましても同じような問題がございましたのでございまして、今回また全日空の貨物機が、その遭難後所在が不明である、かようなことでございます。
その前には八丈における藤田航空の事故、昭和二十七年のもく星号以来数え上げてみますと民間航空、特に国内線において事故が頻発しておるということを、この際私は運輸大臣にも想起をしてもらわなければならぬと思います。今国会におきましても、陸上の交通ラッシュあるいは交通事故対策が非常に大きな問題として取り上げられておるが、陸上だけではなくて海においても船の事故が相次いでいる。
○委員長(小西英雄君) 一言、日本航空の松尾副社長にお尋ねしたいのですが、非常に古くなった話で恐縮ですが、あの当時は、まだ日本が航空権を持っていなかったために——昭和二十七年でありますが、もく星号のときの操縦についてのあれが、どういうわけで山にぶつかったかということについて、何かその後明らかにされましたか。ちょっとお伺いしたい。
○説明員(林坦君) さきほど御質問の中にございました日航のもく星号の事故につきましての御質問でございますが、私、ここに今その資料を持っておりませんので、記憶でたいへん失礼でございますが、これは、当時管制の面におきまして、高度の指示が訂正されたにもかかわらず、それがパイロットにおいて十分に感得されなかったか、あるいは、されても、それを前の指示に固執して、つい失敗をしたのであろうかといったような面が推定
もう一つは、日本航空史の戦後における大きな事故として、日航が一応外人の運転しておった時代におけるもく星号のあの惨状と、それに次ぐ今回の全日空における不慮の事故でありますが、その事故について、まだ最近の問題については、操縦士側と、あるいは調査しておる側との意見が一致していないようにも見受けるので、まず、もく星号はどういう関係から、これは簡単でよろしいですが、どういうために事故が発生した、もう一つの最近
精神は弛緩してないか、こう聞いても、そういうことは考えられないとおっしゃったけれども、私どもがいろんな体験上から考えて、ことに、もく星号の事件から数年を経ている今日、乗客が、そのうち何か事故が起りそうな気がしてならない、こういう不安を、私のみならず、いろんな乗客が持っているので、事件が起ってからじゃ、こういうような委員会を幾らやったってしようがないから、事件が起らない前に十分御注意を願わなければならぬと
日本の航空事業も、先にはもく星号の遭難があり、今回またこのような不祥事故が起きた。全くこの事故に対して、大きな事故が起きた、それわあわあ騒ぐけれども、事後の処理というものは、非常に私は適切なものが欠けているのじゃないか。
そして「もく星号」の前例も日航から承わりまして、それに準じましてとりあえず香典あるいはお手伝いを申し上げるわけですが、御自分の方でなさいますというようなことで、祭資料の一部をとりあえず御遺体のあがりました方には差し上げておる。まだ御遺体の出ませんお方には、そういうことであちらの現場で現地の模様をお調べになっております関係上、御葬儀等ができませんので、こちらにお迎えいたしております。
と申しますのは、災いは忘れたころに来ると申しまするが、「もく星」号あつて今日まで幸いにして非常な事故がなかったのでございますが、そこにもしゆるみでもあったということになりますれば、まことに申しわけないことになると私どもは存じますので、災いは忘れたころにやつてくるのでございまするから、くれぐれも御注意を願いたいと存ずるのでございます。
民間航空再開以来、今回の事故は日航の「もく星」号、「雲仙」号に次いで起つた大事故でありまして、日航の「もく星」号は米軍パイロットによる委託運航の際のものであり、「雲仙」号は奇跡的に人的被害が最少限に食いとめられたものであります。今回の事故は政府当局の監督のもとに乗客、搭乗員全部死亡したという、「もく星」号事故に次ぐ惨事であります。
○中村国務大臣 戦後日本航空株式会社などをして運航せしめておりますが、もく星号とかあいるはさっき申しました雲仙号というような不祥なこと、遺憾なことも起りましたけれども、大体におきまして操縦士の技術の向上、飛行場の管理の完備、また当該会社の十分な努力によりまして、私は次第にそういう遺憾なことは減っておると思います。
この事件はまさに航空自衛隊発足以来最大のものでもありますし、日本の航空史上から見ましても、御承知のようにもく星号事件に次ぐ大きな事故であります。これにつきましては新聞には札つきの不良機であるとか全然危険なものであるとか、いろいろ報道されておるのでありますが、あなたは今回墜落しましたこの輸送機は、決してそういうものではないということをいろいろ説明をされております。
一つの例を申しますと、伊豆の大島でもく星号が墜落した場合に、私の友人であります大辻司郎とか、あるいは熱海の者があそこで二、三墜落して死にました。その関係上あの地方ではその方面で非常にこわがっているような状況があるのですが、台風のシーズンになりますと、とにかく伊豆半島という言葉が必ず出るのですが、あそこにはもう少し完備した設備をするお考えはありませんでしょうか。
それが標準になって、日本のもく星号が伊豆の大島にひっかけてこっぱみじんになって、搭乗者も全部死んだというときの大体百万円の弔慰金というものは、そこから計算が出てきておって、葬式費用が十万円、香典が二十万円、合計百三十万円出した。久保山愛吉さんの場合はやはり相当の金額になっている。
同じ日本で赤字だらけの日航でも、もく星号が伊豆の大島に突っかけて落ちたら、二十万円の葬式費、十万円の弔慰金、それで百万円を別に出しておる。日本の赤字だらけの航空会社でも、あのあやまちによって百三十万円の金を出しておる。相手は韓国です。それは戦争に負けて二十万の軍隊を連れて九州へ逃げてきて、九州を根拠地として北鮮と戦うなんといって、上級将校の宿舎を至急五千ほど建てろ。
もく星号が墜落したり何かして、あの時分でも一体こんなことでどうなるのだということで、国民から指弾されたが、苦しい間は民間にやらして、今になって将来の見通しもややついてくると、政府が補助金を出す、また出資もするというようなことになって、突然として役人がこれをその手の中におさめて、そうして役人がこれを管理しようということは、これは少し政府のやり方が違っておるのじゃないか。
もく星号で死んだ諸君は葬式料と香典、それと遭難費を入れて百三十万円であつた。日本の漁船に乗り組んでおる諸君は三人で十三万円であたりまえだという、これが総額なんです。ところがその滞船料と弔慰金と修理費の合計したものの二前五分しか出さないといつている。ちよいと気のきいたシエパードをたたき殺してみななさい。あやまつて殺したつて十万円くらいふつかけられる。少くとも日本の漁民が三人死んでいる。
たとえばもく星号で遭難をされた場合に——あれは私が北海道の地震災害を視察に参りますときに、福岡から東京に着いた飛行機が、ほかの飛行機が故障で調整がつかない。急いでおりますから、私どもは自分の金を飛行機賃に出した。政府からもらつた国家の費用でない、自分の金を出し合つて飛行機に乗つて、千歳の飛行場に飛んだのです。
もく星号の際も台風の来た際であつた。私はしろうと考えにも、大島のあれにぶつつかつたのではないかと、千葉県でしたから、こういうふうに思つていたのですが、ちようどそれが偶然一致した。低気圧で台風が来ると思つておりて行つてぶつつかつたのではないかと、しろうとらしいばかげた想像をしていたのですが、それが偶然一致してしまつた。
先ほど申し上げましたが、一番大事な飛行機のエンジンの調整、補修、油さし等、そういうようなことを、現在は格納庫が足りなくて野天で、しかも夜中これをやつておるというような始末だそうでありますが、そういたしますと、もしそのような修理が満足にできなかつた場合に、航空の安全性からしまして万々一そのようなことが原因で第二のもく星号事件が起きはせぬかというようなことも、心配にたえないのでございます。
それが当るか当らぬかわかりませんが、あのもく星号のような惨事を起す原因になるのではないかということを非常におそれるのであります。